「お金がない!」
2017年12月。
通帳を開いた瞬間、心臓がぎゅっと掴まれるような感覚になった。
貯金残高「9,800円」。
財布にあるのはたったの5,680円。
合わせて約15,000円。
「もう、終わったかもしれない」
そう思った。
高卒で田舎から東京に出て、なんとか就職したアパレル会社は手取り13万円。
3年働いても給料は上がらず、人間関係にも疲れて、気づいたら精神がボロボロで辞めていた。
その後はフルタイムで働くのも怖くなって、ただ生きるだけで精一杯。
東京で居場所をなくして、結局は地元に戻った。
でも待っていたのは、もっと閉塞感のある生活だった。
田舎での暮らしは息が詰まる
地元のスナックでバイト、昼はコンビニ。
それでも月の収入は20万円ほど。
中古の軽自動車をローンで買い、国保や年金を払い、実家に生活費を入れると、手元に残るのは約10万円。
「一人暮らしの頃よりはマシかな」と思ったのも束の間、
デートに行く余裕もない。 推し活もできない。
ただ生きるためだけに働いている。
しかも田舎は狭い。
コンビニでお客さんとしてスナックの常連と顔を合わせたり、どこに行っても人目が気になった。
「またあの子バイトしてるよ」
心の中でそう言われてる気がして、恥ずかしくてたまらなかった。
掛け持ちで体調を崩し、突然鼻血が止まらなくなったり、立ちくらみで倒れそうになったり。
精神的にも不安定で、夜になると「なんで生きてるんだろう」と布団の中で泣いていた。
周りが羨ましくて泣ける
そんなときにSNSを開くと、同級生が「家を建てました」「高級レストランに来ました」と楽しそうに投稿している。
私は残り10万円で必死にやりくりしているのに。
一緒に笑っていた同級生が幸せそうにしているのに。
気づいたらスマホを握りしめたまま泣いていた。
「なんで私はこんなに惨めなんだろう」
「生きてても意味なんてあるのかな」
そう思った。
本当に、死にたいと思った。
心の中で何度も問いかけてしまった。
「この人たちはお金に苦労せずに生きているのはどうして?」
「私と何がそんなに違うんだろう?」
「どうやってそんなにお金を稼いでいるの?」
「旦那さんが金持ちなの?実家が太いの?それとも、高収入のエッチなバイトでもしてるの?」
そんなことまで考えてしまう自分が情けなくて、さらに涙が止まらなかった。
妬んでしまう自分も嫌いだった。
なんにせよ、私は周りの同世代のようには生きられない――そう強く思い知らされた。
コロナで追い打ち
さらにコロナが追い打ちをかけた。
スナックは閑散として、お客様が1日1組ということもあったし、
気づけばお店側がお休みをする日も増えていった。
当然、私の収入は激減。
コンビニのバイト代だけで、生活費も車のローンも年金も払わなきゃいけなくて、毎月のやりくりで精一杯。
通帳を見ても増えることはなく、ただ減っていくだけ。
「もう人生、完全に詰んだ」
「どうにもならない」
そんな言葉を毎日のように頭の中で繰り返しては、
「なんで私はこんなに無能なんだろう」
「どうしてあのときもっとちゃんと働かなかったんだろう」
と、自分を責め続けるしかなかった。
気づけば、ただ時間だけが過ぎていく。
朝起きても、夜眠っても、ずっと頭の中はお金と不安でいっぱい。
未来なんて見えなかった。
そして次第に、心に余裕をなくした私は、
唯一支えてくれていた彼氏にまで八つ当たりするようになった。
「なんで助けてくれないの?」
「私ばっかり苦しい」
そんなことを言ってしまう自分も嫌いで仕方がなかった。
結局、その時期に彼氏とも別れてしまった。
気づけば、仕事もお金も恋人も失っていた。
残ったのは、孤独と絶望だけ。
そんなとき出会ったのがチャットレディ
心も体もボロボロで、
「これ以上どうやって生きればいいんだろう」
そう思っていたときに出会ったのが、チャットレディの仕事だった。
最初は正直怖かった。
「本当に私にできるのかな?」
「また人間関係で傷つくんじゃないか?」
不安でいっぱいだった。
でも、在宅で顔出し不要、誰にもバレずにできると知った瞬間、心の奥で少しだけ光が差した気がした。
「これなら、もしかしたら私にもできるかもしれない」
そう思って、思い切って登録してみた。
そのときの私は、もう投げやりの人生だった。
「とにかくお金さえ稼げたらそれでいい」
「未来なんてどうでもいいから、今生き延びることだけ考えよう」
そうやって自分に言い聞かせていた。
選択肢なんてほとんどなかった。
地元のバイトは低賃金ばかりで、掛け持ちしても体を壊すだけ。
唯一、現実から抜け出せそうに見えたのがチャットレディだった。
まさに暗闇の中でぽつんと光って見えた最後の希望。
だから私は、家族が出かけている時間帯を狙って、週に3回ほど続けてみた。
最初は緊張で手が震えたけど、少しずつ慣れてきて、気づけば「もうバイトなんかよりずっと稼げる」という実感が生まれていた。
1年後、人生が変わった
あれから1年。
気づけば、通帳の残高は100万円以上増えていた。
あの頃は「残り10万円でどうやって生き延びよう」と震えていたのに、
今では「次はどこに旅行しようかな」とワクワクできる。
推し活もできるようになったし、友達と気兼ねなく外食にも行ける。
生活のためだけに必死に働いていたあの頃とは、本当に別人みたいだ。
何より大きいのは、心が落ち着いたこと。
「どうして私だけ惨めなんだろう」と泣き続けていた毎日が、
「生きていてよかった」と自然に思える日々に変わった。
チャトレを始めてたった2か月目には、思い切って実家を離れた。
ずっと「家族に心配かけたくない」「誰にもバレたくない」と息苦しく暮らしていたけれど、
住みやすいエリアに引っ越してからは、自分らしくのびのび生きられるようになった。
東京に戻ろうかと悩んだ時期もあった。
でも、都会の喧騒よりも、すぐに地元に帰れる距離感の盛岡を選んだ。
知り合いはひとりもいないけれど、その自由さがむしろ心地いい。
誰の目も気にせず、好きなように働いて、好きなように暮らせる。
かつては未来なんて真っ暗にしか思えなかった私が、
今は「これからもっと楽しく生きていきたい」と思えている。
チャットレディという選択肢が、私の人生を確かに変えてくれた。
チャットレディが私を救ってくれた
チャットレディの報酬は、時給にして3,000円〜10,000円。
最初は「本当にそんなに稼げるの?」と半信半疑だったけれど、やってみるとそれが現実だった。
私が登録した事務所は、視聴者からのチップ制度があり、会話を楽しんでくれる人が多いほど自然と収入も増えていく仕組み。
まるでライブ配信をしているような感覚で、相手の反応をもらえるから孤独も紛れるし、仕事なのにちょっと楽しい。
何より大きいのは「脱がなくても稼げる」という安心感だった。
体を売ることに抵抗のある私にとって、それは本当に救いだった。
「無理に笑顔を作らなくてもいい」
「自分らしい会話でいい」
そう思えたから、メンタルが弱い私でも数年続けてこられたのだと思う。
コンビニで時給800円に必死で耐えていた頃の自分が、今では本当にバカみたいに思える。
あのときは「これが普通なんだ」「我慢するしかない」と思い込んでいたけれど、違った。
自分をすり減らすだけの仕事じゃなくても、生きていける方法はちゃんとあった。
「もっと早く出会っていればよかった」
心からそう思う。
チャットレディに出会えなければ、私は今も惨めさと孤独に押し潰されて、どこかで諦めていたかもしれない。
けれど今は、少なくとも「生きる意味」を見つけられている。
間違いなく、この仕事が私を救ってくれた。
今、同じように苦しんでいる人へ
もしあなたが昔の私みたいに、
「お金がなくて生きるのがつらい」
「このままじゃ本当に終わるんじゃないか」
そう思っているなら、どうか知ってほしい。
お金がないからといって、人生そのものが詰んだわけじゃない。
働き方を変えれば、生き方は必ず変わる。
私はそれを、自分の人生で体験した。
私はチャットレディという働き方に救われた。
借金や孤独、不安に押し潰されそうだった私が、今こうして安心して笑えている。
「生きていてよかった」と思える日が来るなんて、あの頃は想像もしなかった。
だから、今布団のなかでスマホを握りしめて泣きたいほど苦しいあなたにこそ、この働き方を知ってほしい。
私と同じように「惨めで消えたい」と思いながら夜を過ごしている人に伝えたい。
あなたは1人じゃない。
絶望の中にいても、抜け道は必ずある。
お金の心配に人生を支配される時間から、どうか解放されてほしい。
私は、かつての自分と同じように悩んでいる人の力になりたい。
手を差し伸べられる存在でありたい。
この文章が、少しでも「生きてみようかな」と思えるきっかけになれば、本当に嬉しい。

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